ブックタイトル富士181号 [特集]品質管理365日 今期の反省とまとめ

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富士181号 [特集]品質管理365日 今期の反省とまとめ

「前面の人工湖では、城はもはや屋根まで没しようとしていた」 (『新史太閤記』)岡山県総社市の槙谷川の上流にある奇勝・豪渓である。中空に聳え立つ330メートルの天柱山、剣峰などの奇岩絶壁と、渓谷の清流が壮大な自然美を繰り広げ、秋には紅葉の名所である。引用は、秀吉による有名な備中高松城の水攻めの場面である。底面の幅40メートル、高さ10メートル、馬ば踏ふみ(路幅)10メートルの全長4キロの巨大な堤防で城を取り囲み、梅雨で増水した川の水を引き込み水没させるという、まさに驚天動地の城攻めだった。必要な土砂は、759万3,570俵という天文学的な数字だったが、秀吉は「10?15日もあればできるだろう」と動ぜず、実際12日で完成させている。司馬は、昭和の日本軍部の非科学主義、精神主義を憎しむところが深かった。司馬の秀吉への共感は、世の中を動かすのは経済であり、戦争が科学であり兵へい站たんであることを知っていたからだろう。この城攻めの最中に、本能寺の変が伝えられる。秀吉は信長の死を秘して、毛利軍と講和をとりまとめ、城主・清水宗治の切腹を見届けると、京都に全軍を取って返す。この「中国大返し」は、太閤記の見せ場になっている。備中(びっちゅう)豪ごう渓けい