ブックタイトル白描源氏物語│富士精版印刷株式会社

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概要

白描源氏物語│富士精版印刷株式会社

118夢の浮橋本にはべめる源氏物語の巻名のほとんどは、その巻のなかで使用されている言葉や和歌に由来するものです。「紅葉賀」「花宴」「絵合」のような例外もありますが、それらはその巻の中の出来事を指したもので、主題をそのまま表したのは、最終巻の「夢の浮橋」だけです。藤原定家の代表歌「春の夜の夢の浮橋と絶えして峰にわかるる横雲の空」(『新古今集』)も、この巻名にもとづいたものでした。定家はさまざまな写本から源氏物語の校訂を行い、「青表紙本」として本文を確定したことでも知られます。現在市販される源氏物語のテキストは、この定家の青表紙本系統です。定家の時代には、紫式部の自筆原本はすでに消失しており、写本が伝わるだけになっていました。そのあたりの事情は、「夢の浮橋」の結びの言葉にもうかがえます。いつしかと待ちおはするに、かくたどたどしくて帰り来たれば、すさまじく、「なかなかなり」と、思すことさまざまにて、「人の隠し据ゑたるにやあらむ」と、わが御心の思ひ寄らぬ隈なく、落としおきたまへりしならひに、とぞ本にはべめる。薫の君は、小君の帰りを今かいまかとお待ちになっていました。しかし浮舟の君の態度がはっきりしないまま帰参して来たので、おもしろくありません。「初めから使いなどやらないほうがよかった」と、あれこれ思いめぐらして、「さては誰か浮舟の君を囲っているのでないか」と、あらゆる状況を想定してそうお考えになりました。かつて自分が浮舟の君をお捨ておきになったご経験上……、と、もとの本にはございますそうですわ。「本にはべめる」という末尾は、本を書写した人が「底本にはこうあります」と写本の末尾に加えたもので、鎌倉時代以後のものとされています。このエンディングには、「中絶か」「完了か」という議論があります。しかし薫の君の俗情を振り切り、孤独に耐える浮舟の君の態度は、作者の到達点を示すものでしょう。本書は長大で難解な原文を、「わかりやすく、親しみやすく」をテーマにまとめたため、乱暴・強引な切り口で説明している場面も多くあるかもしれません。これはすべて筆者の浅学からであるとご容赦いただき、皆様からのご指摘やご批判をいただければ幸甚に存じます。(二〇一〇年十月)本書は富士精版印刷株式会社の創立六十周年記念出版として刊行されました。おかげさまで多くの皆さまにご愛読いただき、改訂第二版を発行することができました。初版での瀬戸内寂聴先生、安藤千鶴子先生をはじめ、各界の皆さまの激励の言葉に心よりお礼申し上げます。(二〇一三年十一月筆者敬白)